お酒にまつわるためになる話

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VOL17 貝原益軒の滋養酒復活「養生訓」のはなし

1. 開発のきっかけ

貝原益軒の酒「養生訓」
医学薬学関係の小説、ノンフィクション、エッセイで有名な作家、山崎光夫氏が貝原家に残されていた古文書(用薬日記)の中から日ごろ益軒が愛飲していた酒の処方を発見。その復元を益軒の地元福岡の酒で復元できないものかと弊社との関係もある山本循環器内科医院院長 山本廣史博士を通じてお話をいただきました。
江戸時代なので、生薬を漬けた酒も日本酒であろうと推定され、清酒ベースでの復元に挑戦することとなりました。
2.復元の狙い

貝原益軒のお墓
本品には「大棗(タイソウ;なつめの実)」、「紅花(コウカ;べにばなの花)」、「黄精(オウセイ;なるこゆりの根)」、「桂皮(ケイヒ;ニッキの樹皮)」、「破故紙(ホコツシ;おらんだびわの種子)」、「山椒(サンショウ;さんしょうの実))、「山梔子(サンシシ;くちなしの実)」の7種類の生薬が溶け込んでいるが、総じて滋養、鎮静に効用があるものが多い。幼い頃から虚弱の体質であった益軒が、自らの性質を熟知して、それを補う意味で処方したのであろうと思われます。
結果的に当時平均寿命が40才そこそこの江戸時代において、85才の長寿を果たしたのですが、酒の薬効よりは、益軒の生き方に学んでほしいとの願いから発売するものです。
@
藩主からリストラされても腐ることなく、淡々と諸学を修め、己を磨いた、その目の置き所の高さ
A
死のその年に大著を完成させるなど、生涯現役を貫いた気力の充実
B
22才年下の病弱の妻と琵琶を弾じ、旅に伴い、日々健康状態に気を配りながら62才で見送った後、自らも逝った、封建時代の価値観にとらわれない生き方のすがすがしさ

西日本新聞の記事
このお酒を飲んで、益軒のそうした生き方に想いを馳せていただくことが、世に出す狙いです。
3.開発を終えての感想
この種の酒は漢方のにおいがして飲みにくいものですが、清酒がベースとなることで、まろやかになり、幾分軽減されているのではないかと思います。
それでもきついという方は、お湯割・水割りや炭酸その他で割って飲まれるとよいと思います。
他の同種の製品のアルコール度数が13〜14度に対し、この「養生訓」は清酒の原酒で浸出しているので、19度と高くなっています。その意味でもアルコールに弱い方は、薄めて飲まれるとよいでしょう。
   


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